「赤い手」演出を終えて
柳沢佐和子
この「赤い手」は、出生届から死亡届まで、様々な公文書類と手紙だけを使って一人の女性の人生を浮かび上がらせるという、井上ひさしさんらしい面白い趣向の作品でした。
心にしみる感動作というわけではなく、いわゆる物語ではないので、初めて聴くお客さんが理解しにくかったり、入り込めなかったりするかもしれないとの心配はありました。そこで演出では、平面的で退屈なものにならないようにと気をつけました。
無機質で無表情な証明書を、原作の言葉を変えることなく、いかに肉付けし立体化させるかが鍵でした。観客の脳裏に薄幸の女性像を映し出し、最後に納得してもらえたら、ちょっと変わってるけど面白い作品だったな、と思ってもらえたら、と取り組みました。
文書ごとの内容に合わせて声の色合いを変え、群読の強弱やリズムを変えてメリハリを効かせ、場面ごとの印象を深く表現したいと思いました。メンバーの演技力に任せて、いろいろ工夫し遊んでもらいましたので、毎回なかなか楽しい稽古でした。当日のリハーサルでは、私は極力観客の眼で見て聴いてみました。そして、照明もよく生き生きした舞台で、とても楽しめる作品になっていると思いました。きっとお客さんにも喜んでもらえるだろうと。本番も良い出来だったと思います。
しかし主催者の意向、「語り芸」の観客が求めるものとは、すこしずれがあったのかもしれません。
備考
語り芸花舞台は雑誌『上方芸能』編集部・(財)大阪労働協会が主催する大阪市助成公演。2001年から毎年秋に開催され今回で8回目。あめんぼ座は7回目の出演。他の競演者は三田和代氏(山本周五郎「つゆのひぬま」)、六嶋由美子氏(「源氏物語」から「朧月夜」)。 |