あめんぼ座の活動

第39回京都演劇フェスティバルに参加でした。

中島敦作「山月記」

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出演
柳沢佐和子 柏原圭子 西野孝子 泉谷聖子 南数美 藤田雅子 真木美佐緒 鬼頭寿美子 山本郁美
演出
柳沢佐和子
あらすじ
唐の役人袁傪(えんさん)が朝廷からの命令で地方に出張し、商於(しょうお)という土地に宿泊した。この先には人喰い虎が出没するので日がすっかり高くなってから出発する方が良いという忠告を退けて、翌朝まだ暗いうちに出発した。
明け方の月明かりの中の草地を行くとき、果たして一匹の猛虎が躍り出た。しかし虎は袁傪を見るなり、身を翻して叢に隠れた。その叢から人間の声で『あぶないところだった』と繰り返し呟くのが聞こえた.......。
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京都演劇フェスティバル参加を終えて :柳沢佐和子
 5日間にわたって20数団体の上映が繰り広げられるフェスティバル初日、2月10日朝は生憎の雨模様でしたが、京都府立文化芸術会館の舞台上は、パワフルな中学演劇部の演者たちの明るい歌声とダンスのリハーサルで熱気に包まれていました。午後からの本番。あめんぼ座の出番は、楽しい人形劇、中学演劇部ミュージカルに続いて三番目。内容も雰囲気もがらりと変わる印象に客席の反応は?と少し心配もありましたが、幕が上がるとお客様の集中が感じられました。
 「山月記」の上演は兵庫県立芸術文化センターでの「語り芸花舞台2015」、一昨年の伊丹ラスタホール公演、そして今回で三度目でしたが回を重ねる毎に、稽古するなかで新しい発見があるもので、演出を担当する者にとって再演は本当に勉強になり楽しいものだと改めて感じました。今回は特に、虎の姿になった主人公の衝撃と絶望の瞬間を、もっと明瞭に伝えたいと思いました。あめんぼ座の揃った群読だけでは表現しきれないと、ずらす群読を試みてみましたが、いい効果が出たのではないかと思っています。また、高さと奥行きのある会館の舞台で、照明がとても深みがあって美しく映え、空間との相性も良かったこともあり、今回の「山月記」が三回の中では一番良い舞台になっていたのではないかな、と手前味噌ではありますが、思っています。
以下のようなご講評を頂きました。

網谷正美さま

 朗読劇として完成度が高く、実に感動的な舞台でした。まるで能の舞台を見ているような感覚がありました。
上手の袁傪と下手側の群読のバランスが絶妙に計算され、そのうえ、群読の背後に立つ脚立が林間の草地のかなたに屹立する山容をイメージさせ、袁傪と李徴の出会いの場の荒涼たる情景が彷彿と目に浮かびました。
 色彩感覚も秀逸で袁傪役の上着の濃い青と黄色が能のワキ方のごとく、目立たぬながらもひそかに存在感を示し、また、群読のそれぞれと意匠の異なる銀の衣装が緩やかな動きにつれてライトを受け、李徴の屈折した心のヒダをそれとなくうかがわせるようでした。 本来、朗読劇は声の響きの微妙な陰影のみによって場面情景や登場人物の心情までも観客の心象にありありと見させるものです。今日の舞台はその朗読劇の本質をうかがわせるように、無駄をすべてそぎ落としたストイックな舞台空間を作り出していました。
  そして、肝心な朗読ですが、これもよく訓練され、感情に溺れず抑制のきいた見事な語りでした。
 まず袁傪役の二人はベテランらしいメリハリのある語りで、能のワキ方のように自己を抑制して物語の進行役に徹し、「山月記」の世界を作り出していました。
 そして群読の五人。最初は五人一体の群読から始まりましたが、「自分の中の人間は惣ち姿を消した」と舞台奥から強い光を当て、視界が真っ暗となって観客の私の中からも一瞬意識が失われました。観客を李徴に感情移入させる見事にドラマティックな手法で、これ以降、群読は分読となって五人の声調の微妙な違いを共鳴させ、李徴の屈折した内面を立体的に浮かび上がらせることに成功しました。(後略)

大原めいさま

 中島敦の名作「山月記」を7人で表現的に語り,面白い舞台になっていました。 出演者は訓練された声と明確に言葉を伝える力を持っていて「山月記」の世界をしっかり観客に届けてくれました。
大道具は高い脚立一台のみ。脚立の表現するものは李徴の住む山でしょうか。今は背景としてのみ使われていますが虎の思いを表すためにも使うことも出来るのではないかと思いました。
李徴の生きた唐の時代を思わせる光沢のあるゆったりした衣装も作品世界を表現していたと思います。
山月記の文語調の文章は声に出して語ると耳には心地よく響いても、意味がわかりにくいことも多いのですが今回はよくわかりました。
 「語り手的な存在」と「虎」と「主に袁傪を語る人物」を分けたことで、 ストーリーがしっかり伝わってきました。
 特に虎になった李徴を5人で表現したところが印象的でした。
 李徴の心の中にいくつもの思いがあることを、群読と一人一人が語るものに分けたことで、一人の人間の中に複雑に入り混じった思いがあることを視覚的にも表現できていたと思います。
声を合わせる群読はうまくやらないと何を言っているのかわからないこともありますが、言葉がよくわかりよかったです。(後略)

京都府立文化芸術会館
交通機関についてはこちらをご覧ください。
(浪花教会礼拝堂)での
劇団あめんぼ座朗読アラカルト第三夜は大好評でした。

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